月夜見 “春の嵐?”
         〜大川の向こう

 
そろそろ西から順に、
“春一番”と呼ばれる強い南風がどぴゅうっと吹きつけるよな、
季節の変わり目にありがちな、
ちょっぴり荒れた気候もお顔を見せるようになり。
結構な雨脚の雨が夜通し降ったり、
それの延長で生暖かい朝を迎えたり。

 「ちょっと前まで、
  昼間でも雪が積もるほど降ったりしたのにねぇ。」

このまますんなり、
日に日に暖かくなってゆくのだろ…なんて甘いことは
さすがに思っちゃあいない。
いつだったか、
ほんの一晩を挟んで10度以上も気温差があった日もあったのだ、
天秤が暖かいほうへとばかり落ち着くにはまだ早いこと、
大人の皆さんには、それなり用心もあるけれど。
小さなお子様たちには、昨日と今日と、せいぜい明日が限界。
だって毎日のように目新しいことも起こるしサ、
ここからどうなるかなんて先への想像は、
経験値って蓄積が少ないからなかなか難しい。


  そういう未熟さが屈託のない形で出るだけなれば、
  ただただ可愛らしい幼子なれど……。
  そうではない格好で遭遇すると、結構難儀なことになりもして。



     ◇◇


 「…それで。」
 「それでじゃねぇやいっ。」


庭木の中、常緑のサザンカの生け垣が、
そのつややかな緑葉を
随分と日の出が早くなった朝日に照らされている中で。
ふわふかな頬を真ん丸く膨らませ、見るからに“怒っております”というお顔。
怒り心頭、不機嫌の固まりと化しているルフィ坊やが、
なのに、いやさ、だからか、
そのお怒りの原因へ文句を言いにと朝っぱらから伸して来たのが、
里に唯一、
いやいや市内にもここほどのレベルのそれはないと言われる道場の、
今は家人や内弟子の皆さんが、素振りや組み稽古に励んでおいでの時間帯。
通いの生徒さんが来るのは学校が引けてからの午後からで、
そちらでは指導に立って忙しい道場居着きの皆様なので。
そんな彼らが心置きなくの熱心に励むことが出来るのは、
どうしても朝早くとなってしまうのも致し方なく。
低血圧の人は大変だろうな…じゃあなくて。

 「俺ゃあ怒ってんだかんなっ、ゾロのあんぽんたんっ!」

道場や前庭から響く、堂に入った気合いのお声に負けじとばかり、
小さなこぶしを体の両脇にぐうに握っての懸命に力んで、
知ってる限りの語彙を繰り出し、
子供にしては何とも一丁前な啖呵を吐いてる坊やは、
まだ小学生、それも一年坊だというに。
こちらさんもまだ小学生だから無段位なのであって、
実は高校生でさえ一目置くほどのおっかない凄腕の剣豪を相手に、
まるきり怖じけることなく ぎゃあぎゃあと、
思いの丈…というか、お怒りのほどをぶつけておいでで。

 「俺が声掛けても知らん顔してサ。
  けんどーの友達とばっか、仲よくしてさっ。」

朝っぱらから、わざわざ伸して来てお怒りを吐き出す坊やであったが、
それをうんうんと聞いている側の道着姿の坊やはといえば、

 「ゾロ、これ。」
 「ん。」

さりげなく成り行きを見守る皆様の中から、
女だてらに次期師範との下馬評も高い、
怖い怖い鬼百合こと、くいなお姉さんが、
ほれと差し出したスカジャンを、
お口を尖らせている小さな坊やの小さな肩へと掛けてやれば、

 「う〜〜〜〜。//////」

カーディガン着て来たもん、寒くなんかないやいと
突っぱねようかとも思ったけれど。
ふわり暖かだったのと、

 “ゾロのによい、するじゃんか。//////////”

この家で一番小柄な人物の、
しかもひょいと持って来れよう上着だったからだろうが、

 “喧嘩しに来たのに、こんなんズルイ。///////”

俺ンこと無視したな〜と、猛然と抗議しに来たはずなのに。
それが寒々しかったから、
こん畜生って腹立ったから、
文句言ってやろって、
ご飯も食べんと、お顔も洗わんと伸して来てやったのに。

 「ゾロのバカやろ〜〜〜。」

お目々が罰点になるほど、ぎゅむと力んでつむって見せて、
馬鹿との雄叫びを怒鳴りつつ。
そいでも小さな手を伸ばし、
向かい合ってたお兄さんの道着の襟元 引っ掴むと、
このこのこのと揺すぶって見せるのは、
もう最初ほどの憤怒は引いたぞという反応なのだそうで。

 「少しは気が収まったか?」
 「………少しだけな。」
 「じきにご飯だ、食ってくよな?」
 「…おかずは?」
 「ツタさんの出し巻玉子と昨夜の筑前煮があるぞ?」
 「鷄、いっぱい残ってっか?」
 「おお。」

だったら食ってくと、短く頷いたそのまんま、
お兄さんの腹あたりにむぎゅとお顔を押し付け、
立派な“くっつき虫”となった年下のお友達。
ちなみに、朝っぱらから押しかけるほど
何へそうまで怒ってたのかといや、

 『だからさ、
  ゾロが段位の認定試験を受けに行ってサ。』

そこで友達とばっか仲良くしてて、
俺が呼んでも聞こえてねぇの。
そんなん腹立つじゃんかと、
こちらのお宅に常備されてる、
自分用のお茶椀に盛られた炊きたてご飯を掻っ込みつつ、
ぶうぶうとぶうたれてる坊ちゃんへ、

 『そうは言われても、
  お前の夢ン中の話まで責任取るのはなぁ。』

  第一、昇段試験なんてまだ来年の話だし。
  そんでもいつかは行くんじゃんか…と。

どこかで微妙に咬み合ってない会話を、
隣り同士に並んでご飯をいただきながら取り交わす、
相変わらずに仲の良い坊やたちだったのへ。
周囲の大人の皆さんが、
何とも微笑ましいと苦笑し倒したのは言うまでもない、
まだ春浅き、とある朝の一幕でございましたvv




  〜どさくさ・どっとはらい〜  12.03.08.


  *先日、中国地方では“春一番”が吹いたそうですが、
   それと同じ日、K市でも結構暖かい風が強かったのになぁ。
   春がもうじきだと、個人的な兆しとして、
   桜咲くお懐かしい場所に出向いて回るという微妙な夢を見ます。
   暖かくなったからか布団を蹴飛ばしてもおりますし、
   そろそろそういう時期なのなら、やはり春は間近なんだなと、
   自分の体内時計で気づかされてる今日このごろです。

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